もうかなり昔の事になってしまうんですが、
浪人時代に通っていた予備校の
ソフトボール大会の時に、初めて
オリジナルのTシャツを着ました。
美術系の大学に入る為の予備校だったので、
白地のTシャツにいろんな色のスプレーで
ガシガシとなんだかわからない絵が
描かれたTシャツを先輩達が作ってくれました。
それまで、田舎の高校でのんびり暮らしていたので
えらく刺激的で、ソフトボール大会の成績は
さんざんでしたが、テンションは
かなり上がりました(笑)。
みんなで統一されたデザインのTシャツを着ると、
仲間気分が高まるなあとその時思った
思い出があります。
高校生の時の文化祭で、
クラス全員みんな一緒のデザインのTシャツを作りました。
私達のクラスは喫茶店を開いたのですが、
そのユニフォームという訳です。
ユニフォームといっても、
無地のTシャツにちょっとしたロゴが入っている程度のもので、
裏方も一緒の物を着ていた位地味なものでした。
最初は皆、恥ずかしかったり、
着るのを嫌がったりして文句を言ったものですが、
不思議な事に、文化祭が終わる頃には何故か愛着が湧き、
もう着る事も無いのかと思うと、
少し寂しい気さえしました。
始めは形式的であっても、
全員同じ物を着たという事は、皆の気持ちが一つになる
良いきっかけになったのではないかと、今つくづく思います。
私がオリジナルTシャツを身につけるきっかけ。。
それは、学校での体育祭でした。
クラスごとに体育祭への意気込みを決め、それに沿って自分たちの特色溢れるTシャツを作ったのです。
その結果、クラスは当日みなその恰好で応援し、競技を行っていました。するとやはり自分と同じそのTシャツは自分の目に飛び込みやすく自然と自分のクラスの走りや競技に目を奪われていました。
競技を見せることが本来の目的である体育祭にクラスの団結を深めることのできるという新たな価値を生み出す、そんな力がオリジナルのTシャツにはあったのです。
あの日の思い出、当時の自分を今でもその時のオリジナルTシャツが思い出させてくれています。
今では懐かしい高校3年生の文化祭。
担任の先生が大の相撲ファンとおうこともあり
私達のクラスの出し物は、「ちゃんこ鍋」でした。
そして文化祭といえば、全てが手作り!
当日着るモノも、みんなでお揃いのものにしようと
当時、人気のあった力士の名前を入れてTシャツをつくりました。
デザインはとてもシンプルなものだったけど
文字の書体とか、ちゃんと相撲を意識して作りましたね。(笑)
私が着たのは、「貴乃花」Tシャツだったなぁ。
(って、年齢がばれてしまうわ・・・^^;)
今でも、そのTシャツは思い出と一緒に大事にしまってあります。
私が通った高校は当時は新設校で
まだまだ厳しい高校だった。
制服もソックスまで指定。
で。唯一オリジナルで楽しめたのが
クラスマッチ。
私のクラスは特別クラスで、
他クラスよりにぎやかだった。
で。このクラスマッチも一致団結するため?というか
ただ単に盛り上がるために
白いTシャツを買ってみんなで同じ
言葉を入れた。
校歌の一部を安易な発想だったけど。
言葉はSour up,reach for the star.
なぜか白いTシャツにショッキングピンクの布を縫い付けた。
いけてなかったけど、
面白かった。
クラス替えがないから、経済的に3年間それを使った。
ショッキングピンクの布の付いたTシャツは思い出の一着。
昔大好きだったバンドが、同じ地方出身で、
そのバンドがライブで何年ぶりかで帰ってくるということで、そのバンドのファンだった仲間たちで、オリジナルのTシャツを作ってライブで着るということになりました。少しでも他のファンより目立ち、そのバンドの目にも留まるデザインは何がよいかといろいろと考えて、結局そのバンド名をTシャツに大きく印字して、Tシャツの色を黄色にして目立つように作ることにしました。偶然ですが、ライブでは、そのバンドも同じような黄色のTシャツに自分たちのバンド名が印刷されたものをアンコールで着ていて、とても嬉しかったのを覚えています。そのTシャツは我が家の家宝となりました。

もっとも、朝から晩まで毎日、毎日汗まみれで
着ていてもまだまだ着られるのですから
丈夫なTシャツはありがたいと思います。
このTシャツは夫婦2人で考えて、生まれて
始めて作ったオリジナルTシャツなので
1枚は袋に入ったまま、思い出として
保存しておくつもりです。
学校イベントでクラスまとまり感を出すためのオリジナルTシャツを作成してました。
実際はデザイン決めで結構意見が分かれてもめるんだけど(笑) でも 思い出せばそれも楽しい。
それはそうだよね約40人近くが同じTシャツ着るんだもん、意見も分かれるよね。
どれだけ他のクラスと違ってオリジナルで面白いかにみんなで一生懸命考えたなぁ〜。
Tシャツお披露目の日には違うクラスのTシャツに負けてないかドキドキだったし。
あーもうあの大勢で同じオリジナルTシャツ着ることはないけど今度は家族でオリジナルTシャツ作ってみようかな?
学生時代,ボランティアの活動をしていた。毎年,イベントで子どもや親を交え,ミニお祭りを企画していた。ある年,誰からともなくオリジナルのTシャツを作ろう,という声。スタッフのTシャツ。みんな,賛成して作った。これが意外な効果。目立つことで,我々に士気が上がったのだ。誰もがやる気満々。Tシャツを揃えることでこんなに士気が。こんなんなら毎年,作るんだったと思った。以後,このグループのイベントはTシャツが定番になったようだ。子どもとの活動,楽しかったなあ。
私の思い出のTシャツは、学園祭の時に学校全体で作った色違いのものです。
赤と青と黄色がありました。そのまんま信号のカラーです。
デザインはもちろんオリジナルで、実行委員会の人達が型を起こしてプリントしたものだったと思います。
そして学園祭で、Tシャツカラーで組み分けしたトーナメント方式のスポーツ大会を行ったんですが、応援に入った時に色で同じチームかどうか分かるのでとっても便利でした。
「赤頑張れー!」「青負けるなー!」「黄色ファイトー!」…みたいな感じです。
同じ色のTシャツを着ているというだけで、何だか連帯感も出てくるような気がするので、面白いですよね。
水泳部であった私は、年度初めに、部員全員で気合の入ったオリジナルTシャツを作製しました。こだわりは四文字熟語です。ゴロのいいものをと、みんなで散々悩んだ挙句、「一泳入魂」となりました。刺繍が暴走族のような仕上がりに。
さあ、これを着て、魂を込めて泳ぐのだと、スイッチが入ります。程よい緊張感で、数々の地方大会を制しました。チームの団結力とモチベーションの維持にと、大活躍。今は、思い出とともに、タンスに大切に保管しています。
前に勤めていた会社がTシャツのプリント工場でした。
仕事で作ってハマってしまい、自宅に簡易的なものですけど
プリント機があります。
色や柄が自由に作れるし、なんと言っても自分だけのオリジナルっていう
のがいいですね。
好きなバンドのTシャツをデザインして作るのが楽しいです。
ライブに着ていくと目立ちます。
友達からも好評で、作って〜とお願いされる事も。
両親が飲食店をやっているので、今度お店のロゴ入りのTシャツやエプロンを
作ってあげたいと思っています。
喜んでくれるといいな。
誰もが1枚は持っているTシャツ私もかれこれ夏は必ず着ますね。もう30年以上は着ています。皆さんも着ているのではないでしょうか。昨年の秋の大祭りのイベントの際大量にプリントTシャツを作りました。合計50枚低とだったと思います。やはりみんなが同じデザインのオリジナルというのはうれしいですね。何か一体感が増すというか責任感が出ますよね。白のTシャツに簡単な文字でプリントしたものなんですが一生の記念になったと思います。次回のイベント時も作ろうかと現在デザインを検討中です^o^¥・・。楽しいですよ・・皆さんもぜひ作ってください。
高校の時にテニス部に所属していました。
3年生が引退すると、2年生は自分たちのオリジナルのジャージとTシャツを作ることが出来ました。
それは先輩が引退して、自分たちの時代が来た証だったのでとても気合いを入れて作るんです。
白いTシャツに学校名をプリントするのですが…
うちの高校の名前って言うのが、「トウリョウ」
もちろんオシャレな感じにしたいので、ローマ字で入れるのですが「TORYO」
よその学校からは「頭領?」「棟梁?」ってイメージで思われていました。
それがとってもイヤだったのを覚えています。
今はなんだかオシャレになって、我が母校のロゴマークが統一されて「TRY」だって…
コンセプト「自己実現にTRY(挑戦)」
T:「True:トゥルー」真実、本当の
R:「Realization:リアライゼーション」実現
Y:「Yourself:ユアーセルフ」あなた自身の
だって時代が変わるとここまで変わるモノなんですよね。
でも、その時代、その時代の良さってやはりあるんでしょうね。私たちの時代のTシャツも素敵でしたよ。
高校時代、私の所属していたバスケットボール部では、校章の入ったオリジナルのTシャツを作っていました。
練習試合や本試合、遠征のときなど特別なときには、必ずみんなでそろえて着るユニフォームです。
そして、卒業式にそのTシャツを寄せ書きに変えてしまう、という面白い伝統が、我が部にはありました。卒業生一人ひとりのTシャツに後輩たちが一言ずつコメントを書くのですが、結構面白く、心のこもったものに仕上がるんです。
私の当時のTシャツもとても良い思い出の品として、今でも私の宝物になっています。
プリント技術の発展によるものか、オリジナルTシャツの作成も、さまざまなデザインに凝ったTシャツをてみじかに作れるようになってきています。学園祭では、それぞれのサークルがオリジナルTシャツを作成するのですが、なかでも印象に残っているのが、写真部のオリジナルTシャツです。写真部だけに、プリントの素材となるような写真を調達することにはさほど困らないようで、オリジナリティーあふれる写真をプリントしたTシャツとなっていました。
まだ会社に入って一年目の新入の時です。
初めての社内運動会で、総務、経理、営業など、所属別にリレーや障害物競争で競い合うということで、ユニフォームをそろえての応援は、自分が初めてこの会社の一因になったという実感が強く感じられました。
チアガールのように、ポンポンをもってダンスの練習をしたりしました。
みんなで着る、所属カラーの黄色いTシャツは、上司も私たち新入りも同じデザインで揃ってます。
胸には、カラフルにローマ字の所属名入りで、団結心がいっそう湧きました。
応援歌を替え歌で歌ったたり、みんなノリノリで応援しました。
午後からは、所属別に応援コールです。
チアガール登場の見せ場ですね。
他の部署も、Tシャツを赤や青で統一してカッコ良かったです。
みんな一生懸命で、学生の時の気分が蘇りました。
学生時代に、仲間うちでおそろいのTシャツを作ったことがあった。
せっかくオリジナルのデザインを自由に決めることができるというので、各人がそれぞれ考えて持ち寄った。
ところがみんながみんな、自分のデザインのすばらしさを主張するだけで、どれにするか埒が明かなかった。
結局、ふだんからアーティスティックな才能を持つ友人に任せることになった。
彼なら斬新なデザインを描いてくれるに違いない。
誰もが信頼しきっていたのだが、出来上がりをみてビックリした。
たしかに斬新には違いないが、決して喜べるようなデザインではなかった。
そのTシャツを着て外へ出るには、けっこう勇気がいたことを思い出す。
高校3年の時、最後の文化祭なので
オリジナルのTシャツを作ろうよ〜という話に
なりました。
今のようにインターネットなんてない時代。
どうやって作ろうか?という話になって
数人でお店に行き同じTシャツを探しに・・・
考えてみれば、同じTシャツを20枚も置いてる店
なんてないですよね(笑)
でも、一生懸命探しまわって、「なんとかちょっと色が
違うけど、いいか・・」って感じのを揃えました。
そしてTシャツに入れる文字ですが、
これもフエルトを切って文字を作ろうということになりました。自分でプリントなんてできない頃だったしね。
みんなで、小さい文字を1個ずつハサミで
ちょきちょきちょきちょき・・・・
そして、ボンドで
ぺたぺたぺたぺた・・・・
徹夜して人数分仕上げました。
はぁ・・つらかった。
何だか、今考えるとすごくお粗末なものなんですが
すっごくいい思い出としてのこってます。
友人が、TUBEの大ファン!
甲子園でのコンサートに着ていくTシャツにと・・・
CDジャケットのイラストをコーピーして、フェルトでそれを作って、Tシャツにひと針ひと針縫いつけたのを思い出しました。
それにTUBEの文字もフェルトで作って、貼り付け糸でまつって。。。
オリジナルのTシャツでコンサートへ。
結構、みんないろいろオリジナルTシャツっぽいの作って着てたみたい。
その後、何枚もつくらされました。